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盛岡地方裁判所 昭和32年(行)3号 判決

原告 田野畑農業協同組合

被告 岩手県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

1  被告が昭和三一年一二月三日付岩手県指令三一農政第三〇二九号をもつてなした、同年七月一九日付岩手県指令三一農政第二~一五五五号の五による農地法第五条の許可処分の取消処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求め、その請求原因として

一、原告は、昭和三一年五月九日原告組合事務所および倉庫の移築用の敷地として、訴外大沢預治郎から同人所有の別紙目録記載の農地のうちの甲地域を賃借すべく、同人とともに被告に対し農地法第五条により農地の転用のための賃借権設定の許可申請をなしたところ、被告は同年七月一九日同日付岩手県指令三一農政第二~一五五五号の五をもつて右申請を許可した。

二、ところが、被告はその後前記甲地域については所有権確認等請求事件が盛岡地方裁判所に係属中である等の理由によりかような農地に農地法第五条による許可をするのは著しく適当でないとの理由のもとに、同年一二月三日同日付岩手県指令三一農政第三〇二九号をもつて前記許可処分の取消処分をなし、その取消処分の通知書は同年一二月一八日原告に送達された。

三、しかし前記甲地域は訴外大沢預治郎所有の和野三八番の三畑の一部である。原告は、訴外大沢の右農地に対する管理、状況等よりみて、右甲地域は真実右大沢の所有の三八番の三畑の一部に属するものと信じこれを賃借りすべく前記申請に及んだものであつて、原告の申請にはなんら非難さるべき点はない。そして、右甲地域等について所有権確認等請求事件が盛岡地方裁判所に係属中であることは、原告らの許可申請書およびこれに添付された田野畑農業委員会の議事録等を調査すれば、右申請当時において容易にこれを知り得たのであるから、一たん許可をしておきながら、右係争の事情が判明したからといつてにわかに前記許可処分を取消すのは違法である。

と述べ、

被告の答弁に対し、

被告主張のように、原告が前記許可申請をする以前に事実上前記甲地域を宅地に転用し倉庫の建築に着手したことは認める。

けれども、申請当時事実上転用済みの土地であるからといつて、県知事に対する許可申請が不要であるとか、またこのような許可申請に基いて許可をしても無効だということにはならない。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、主支と同旨の判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一、二項は認めるが、第三項は争う。

二、前記の許可処分にはその後次に述べるような重大な瑕疵があつたことが判明したから取消処分をしたのである。

1 原告主張甲地域には、昭和三一年四月一三日訴外畠山武蔵が申請人となりこれを同人所有の和野三七番の二原野四反一畝二二歩の一部であるとして原告を被申請人として盛岡地方裁判所に土地立入禁止、建物建築禁止の仮処分を申請し(同裁判所昭和三一年(ヨ)第五号)同月一八日その趣旨の決定を受けて同月二〇日頃その執行をしたところ、同年五月四日原告から特別事情による右仮処分決定の取消の申立があつた。つづいて同月一五日同裁判所に対し訴外畠山武蔵が原告となり本件原告ほか数名を被告として土地所有権確認等請求訴訟を提起し(同裁判所昭和三一年(ワ)第九六号事件)同訴訟も現に係属中である。すなわち甲地域に関しては訴外畠山武蔵と原告との間に深刻な争があり、しかも甲地域を原告主張のように軽々に訴外大沢預治郎所有の三八番の三畑の一部とのみ認めがたい事情も判明したのでかような係争中の農地について農地法第五条による許可をなすことは著しく適当でない。

2 前記許可処分は、一筆の農地のうちの一部についてなされたものであるところ、許可書の表示には「下閉伊郡田野畑村大字田野畑二地割字和野三八番の三、畑二反二九歩のうち三畝一四歩」と記載したのみで、他に許可範囲を特定する図面を添付する等の方法を講じなかつたから、右許可処分には許可範囲を特定しない瑕疵がある。

3  原告および訴外大沢預治郎が田野畑村農業委員会に前記許可の申請書を提出したのは昭和三一年五月九日であり、これに対し許可がなされたのは同年七月一九日で、許可書が原告に送達されたのは同年八月三日であるところ、原告は右申請に先立ち同年四月一二日から前記甲地域を倉庫の移築用敷地として転用に着手し、四、五日にして転用を完了した。

原告のかような転用は明らかに違法であり、そして許可申請当時既に甲地域は農地でなくなつていたのであるから、かかる土地には転用許可をなすことは不要であるのみならず、許可をなすことは違法ですらある。

と述べた。(立証省略)

理由

一、原告がその事務所および倉庫の移築用敷地として、訴外大沢預治郎から同人の所有と称する別紙目録記載の農地のうちの甲地域を賃借すべく、同人とともに被告に対し農地法第五条により農地転用のための賃借権設定の許可申請をしたところ、被告が昭和三一年七月一九日同日付岩手県指令三一農政第二~一五五五号の五をもつて右申請を許可したこと。そして、その後同年一二月三日に至つて被告が右甲地域には訴訟が係属中である等の理由により許可するのを著しく適当でないとし、同日付岩手県指令三一農政第三〇二九号をもつて前記許可処分の取消処分をなし、その通知書が同年一二月一八日原告に送達されたことは当事者間に争がない。

二、一たん成立した行政処分であつても、その成立に違法または不当の瑕疵が存するときは、処分行政庁において職権をもつて右処分を取消すことができるのが原則である。しかし取消処分もまた一の行政処分であるからそれ自体において公益の目的に適合しなければならないのはもちろん、ことに本件許可処分のような行政処分の取消処分においては許可処分による国民の既存の権利ないし利益の侵害を是認せざるを得ないだけの強度の公益上の必要性が存する場合に限り取消すことができるものであり、瑕疵があるからとて常に取消が自由であるわけではない。

以上の点を考慮して本件をみるに、

被告は、本件甲地域に土地所有権確認等請求事件が係属中である等の理由により許可するのを著しく適当でない事情が判明したから取消をしたものであると主張し、原告は、右甲地域は訴外大沢預治郎所有の三八番の三の一部でありこれについて土地所有権確認等請求事件が係属中であることは認めるがかような事情にあることは被告において十分調査をすればたやすく知り得られたものであるのに許可後右事情を発見したとてにわかにこれを取消すのは違法である。原告は甲地域は真実訴外大沢預治郎の所有であると信じて許可申請をしたものであると主張する。

成立に争のない甲第四号証、第七号証ないし第一〇号証、乙第一、二号証に証人浅沼亮一、狩野信太郎の各証言を総合すると、

1  被告が原告および訴外大沢預治郎の共同の本件許可申請について主として申請人らから申請事情の聞き取り調査を行つたに止まり、申請地の現況の見分はもとより申請書添付の田野畑村農業委員会の議事録等の書類精査の手続を怠つたため、本件甲地域について境界の争が存することに気付きながら軽微な問題に過ぎないものとしてさしたる考慮を払うことなく漫然本件甲地域が訴外大沢預治郎の所有の三八番の三の一部であるとの前提のもとに前示認定のような許可処分をなしたものであること。

2  その後同年一〇月一〇日第一九回岩手県農業会議の席上一委員より本件甲地域が係争中でありかかる農地に許可をなすのは妥当でない旨指摘されたため、被告において再度本件申請の内容および申請地の実情調査をしたところ、原告および訴外大沢預治郎において本件の三八番の三の畑がもと大沢永吉の所有山林であつたところ、大正五年大沢預治郎の分家の際永吉から贈与を受け爾来預治郎が昭和一三年頃から昭和一六年頃までの間に開墾をし畑として耕作をしているものであると主張しているのに対し、訴外畠山武蔵において本件甲地域が畠山所有の和野三七番の二原野四反一畝二二歩の一部である。もと原野であつたが昭和一七年頃から右大沢が無断にて開墾し畑としたもので畠山の再々の抗議にもかかわらず大沢が耕作を続けているものであると主張して争つていること。そのため両者の間には、昭和三〇年八月畠山が申立人となり大沢を相手方として岩泉簡易裁判所に対し右土地の所有権確認並に使用禁止の調停申立がなされたが不調となつた。昭和三一年四月畠山が申請人となり本件原告を被申請人として盛岡地方裁判所に対し右土地の立入り禁止並に建物建築禁止等の仮処分申請がなされその旨の仮処分決定を受けて執行したが同年五月一五日本件原告より右仮処分決定の取消申立がなされた。つづいて、同年五月一五日畠山が原告となり本件原告ほか数名を被告として同裁判所に対し本件甲地域の所有権確認等請求訴訟(同裁判所昭和三一年(ワ)第九六号事件)が提起され係属中であること。そして、甲地域の現況はどうかと言うに、村役場備付台帳図面とは全く相違しており、右図面により三八番の三の所在位置を探すならば大沢が三八番の三なりと指示する現地とは相当距離ある山林の蔭に位するものと推測せられる。また畠山が三七番の二と指示するところは大沢の指示する三八番の三の箇所と境を接しているけれども図面上は三八番の三と三七番の二とは隣接していないこと等の紛争の実情が判明したこと。

3  そして、被告が前記のように本件甲地域をめぐる紛争が相当に根深いものであり本件甲地域の所有権が訴外大沢預治郎に属するかあるいは訴外畠山武蔵に属するか結局不明であるとして前示許可処分の取消処分をしたものであること。を認めることができる。そして他に右認定を左右する証拠はない。

右認定のような本件甲地域をめぐる紛争の沿革および係争事情よりすれば本件甲地域の所有権が訴外大沢預治郎および畠山武蔵のいずれにありやにわかに裁断を下しがたいものというべく、そして、かように未確定の(従つて浮動的な)権利関係に基いてなされた申請に対し仮に農地法第五条による許可処分をしても、いたずらに権利関係を紛糾させるにすぎないことになり農地法が所期する行政目的を達することにならない。さうだとすれば、本件甲地域についてなされた許可処分は著しく妥当を欠くものといわねばならない。

そしてなお本件甲地域がいずれの地番に属するかにわかに決しがたいものである。以上これに関する許可処分を取消しても直ちに原告および訴外大沢預治郎間の権利関係を侵害し、ひいて法的安定性を害するものと即断することはできない。却つて許可を取消さないでおくならば後日本件甲地域の真実の権利者(所有者)たることに確定するに至つた際における訴外畠山武蔵の権利を侵害する可能性をもつことになる。かような事情を考慮すれば、本件許可はこれを取消すのが相当であり公益上の要求に適合するものといわねばならない。

原告は、本件甲地域が係争中であることは本件申請当時被告において知り得たものであるという。前記1に認定のように被告の調査が杜撰粗漏であつたため係争事実を看過したことは原告のいうとおりである。けれどもさうだからといつて前示許可を取消す妨となるものではない。

原告の主張はいずれも理由がない。

三、被告は、なお、前記許可処分には許可範囲不特定等の瑕疵があるから右許可を取消したというが、被告のこの点についての主張を判断するまでもなく、二、に述べたとおり、被告が昭和三一年七月一九日付岩手県指令三一農政第二~一五五五号の五による農地法第五条の許可処分には瑕疵があり取消すのが相当であり、したがつて、右許可処分に対し昭和三一年一二月三日付岩手県指令三一農政第三〇二九号をもつてなした取消処分にはなんらの瑕疵がないから、原告の請求は失当として棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 瀬戸正二 諸富吉嗣)

(目録省略)

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